ADDICT OF THE TRIP MINDS

再始動! アディクト・オブ・ザ・ トリップマインズ
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ライブ生配信
視聴チケット受付

岡本健一&ADDICT OF THE TRIP MINDS

日時:2021年12月5日(日)OPEN 16:00 / START 17:00
会場:渋谷Sound Museum Vision Tokyo
料金:前売券 ¥13,500(消費税込み)/ 1ドリンク付
発売:イープラス / 限定100席 SOLD OUT

▪主催:株式会社ボン ▪企画制作:株式会社ok / 有限会社ガガデザインワークス
▪制作協力:株式会社CITTA'WORKS ▪協力:株式会社グローバル・ハーツ
▪文化庁「ARTS for the future!」補助対象事業
▪お問い合わせ:チッタワークス 044-276-8841(平日12:00〜18:00)
▪Addict of the trip minds 公式サイト https://aotm.jp
▪岡本健一 公式サイト https://okamotokenichi.com

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about Addict of the trip minds

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1991年、岡本健一とMotm、福場潤、樽井コウジの4名でバンド結成。当時制作中だった男闘呼組5枚目のアルバム三部作では岡本作詞・作曲の楽曲でレコーディングにも参加。1993年、カルメンマキ&OZの凄腕ベーシスト、川上シゲの正式加入により本格的に活動開始する。1994年、メジャーレーベルから、1stアルバム『ADDICT OF THE TRIP MINDS』をリリース。しかし翌年の1995年、2ndアルバム制作直前に突如解散してしまう。

 2020年、その後も親交を続けていた岡本とMotmが『CARMEN MAKI 45th Anniv. Live』での川上のプレ イを見て、Addictの再結成を決意。川上も賛同し、再始動プランが具体的になる。2021年、お互いの感性が響き合うギタリスト・田中志門をメンバーとして迎える。

岡本 健一 Kenichi Okamoto / Vocal & Guitar
川上 シゲ Shige Kawakami / Bass
Motm / Drums
田中 志門 Shimon Tanaka / Guitar

History Addict of the trip minds

 1991年、寺田倉庫で始まったワンナイト・ロック・クラブ『club addict』(クラブ・アディクト)。90年代初頭、東京のクラブシーンはHipHop/House系のクラブが主流でRockをメインにしたクラブは都内に存在しなかった。そこへ突如ポールダンサー数名を配したLAスタイルの『club addict 』が東品川の倉庫街に出現する。

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 折しも海外ではグランジ・ムーブメントが沸き立っていた頃である。彼らは繁華街から離れたWAREHOUSE(倉庫)をワンナイトで借り切り、DJ数名がリレーでグランジ、パンク、サイケ、Heavy MetalなどのLoud Musicを爆音で繋いでゆく。倉庫特有の屋根の高い空間で5-6名のポールダンサーが宙を舞う光景はまさに異次元だった。ここではライブも頻繁に行われた。この異空間が噂を呼び、音楽好きのクラブ・ピープル達が小さなフライヤーの情報と、ひと気のない倉庫街から遠く漏れ聞こえるサウンドを頼りに続々と集まって来た。当時はスマホどころかネットすら無い時代である。その『club addict』を発案し立ち上げた主謀者がMotm、岡本健一、そして当時ストリート・カルチャー誌では最も勢いのあった「Fine」の編集長大野俊也氏の3名であった。『club addict』の成功で意気投合したMotmと岡本は仲間を集めバンドを結成する。

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*DJプレイ中の岡本と、後にMotm/1993年頃

 岡本のカオティックな世界観と音楽性は、このバンドのエッセンスが加わった事でさらにディープな世界へと突き進んでいく。途中、70年代伝説のバンド、カルメンマキ&OZ*の凄腕ベーシスト・川上シゲが加入するとバンド・サウンドが格段にグレードアップ。川上の弾くヘヴィかつ凶暴なグル ーブは岡本の創り出す世界をさらに引き立てて行く。のちに場所を「西麻布Yellow*」に移した『club addict』では、深夜2時過ぎから始まるステージで常に異彩を放っていた。

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 結成2年足らずでメジャーレーベルと契約。レコーディングはバンドのライブ感を出すため古巣の寺田倉庫を5日間借り、歌と演奏を同時に一発録音した。そしてこの時期、のちに伝説となった「3ヶ月連続ライブ at 寺田倉庫」が行われる。
 東品川の湾岸エリアに位置する寺田倉庫はこの当時、倉庫事業から音楽スタジオやレストラン事業に切り替わる最中で、現場には積載パレットやリフト車が散見し、海に面する湾岸側ではカフェ・レストランの内装工事が始まっていた。この渾然一体とした空間で94年1月、2月、3月と毎回、特設ステージを組んだ「3ヶ月連続ライブ」が行われた。回を重ねるごとに動員が増え、3月のライブでは会場に入りきれずに入場制限が出てしまう。

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寺田倉庫LIVE_開場前1994.03.25

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・Terada LIVE vol.0 Poster & Ticket_1994.01.29

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・Terada LIVE vol.1 Poster & Ticket_1994.02.28

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・Terada LIVE vol.2 "Black Light"Poster & Ticket_1994.03.25

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 寺田倉庫のライブを終えたメンバーはレコーディングの仕上げにアムステルダムへと渡蘭する。フランスからフォトグラファー、JC Polien氏を呼び寄せ、8mmフィルムの映像や宣材写真の撮影を行った。
 その後、世界的エンジニア、Goh Hotoda氏*の待つNYへと飛び、彼のミックスを経て1994年8月、1stアルバム『ADDICT OF THE TRIP MINDS』リリース。

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  そのサウンドはヘヴィでダーク、サイケでカオティック。自己の内面を抉り出す歌詞は、独特な感覚を放ち、嵌ってしまうと抜け出せなくなる。岡本のクールかつ扇情的なパフォーマンスはライブを重ねていくうちそれまでとは違ったオーディエンスを獲得。また多くのミュージシャン達の熱い注目を浴び、確実に当時の日本のロックシーンに一石を投じていた。

  アルバムリリース後のライブは、既に西麻布Yellowではキャパオーバーとなっており、川崎クラブチッタ*、渋谷ON AIRなど、大型ライブハウスへと会場が広がっていった。

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*Goh Hotoda(ゴウ・ホトダ)
1987年ニューヨークに移り、マドンナを始めディペッシュ・モード、坂本龍一など数々の国内外の一流アーティストの作品を手がけ、トータル6000万枚以上の作品を世に送り出す。2度のグラミー賞受賞作品など世界的評価を受けている音楽プロデューサー、ミックスエンジニア。

*西麻布 space lab YELLOW
1991年から2008年の16年間、西麻布に存在し、東京のダンスミュージックシーンを牽引したクラブ。ハウス、テクノをはじめ様々なアンダーグラウンドミュージックがかかるパーティーが開催され、国内外のトップDJ/プロデューサーが毎週末出演していた。

*川崎クラブチッタ
1988年「クラブチッタ川崎」としてオープン。2000年に周辺地区の再開発に伴い、一旦クローズして移転改築に入る。2002年1月よりリニューアル・オープン。国内外数々の有名アーティスト達がチッタで行った名ライブを壁面展示する巨大パネルは圧巻である。1988年~現在まで、ここを聖地として扱うアーティストも多い。

*カルメンマキ&OZ
日本のロック黎明期を代表する伝説のグループ。1972年にカルメン・マキが春日博文らと共に結成。1975年の1stアルバム「カルメン・マキ&OZ」が大ヒット、日本ロック界の金字塔となる。アルバム収録された12分に及ぶ大作「私は風」は今も多くのアーティストにリスペクトされ続けている。1stアルバムの録音後、後期OZの音に決定的影響を与えた川上茂幸が加入し黄金期を迎える。1976年2nd「閉ざされた町」、1977年3rd「カルメン・マキ&OZ 3」、そして1978年「カルメン・マキ&OZ LIVE」のライヴアルバムを最後に活動停止。2018年、奇跡的41年振りの単独公演を行い音楽業界とロック・ファンに衝撃を与える。2019年にはデビュー45周年を記念した全国ツアーを行い大盛況となった。現在も精力的に活動を続ける。

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